思春期、そして上京へ。
思い出すのは味噌料理。
僕が初めて作った料理は
お好み焼きのような卵焼きでした
小さい頃から、食べ物にはとても恵まれた環境で育ったという野﨑洋光さん。
野菜は家の畑から直接採ってきて調理する、という「冷蔵庫を介さない」生活は、野菜そのもののおいしさを知ることにつながりました。
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また、野﨑さんが育った福島県石川郡古殿町(ふるどのまち)では、近所の家同士が助け合って田植えをし、その期間は各家が順番にごちそうをふるまうという「結返し」(ゆいがえし)という風習があり、自分の家の味だけでなく、ご近所の家の味も知ることができたといいます。
食べることが大好きだった野﨑少年は、食に対する興味がますます湧いていきます。そして、ついに初めて自分ひとりで料理を作ることに。それはご近所の味がきっかけでした。
「僕が初めて作った料理は、卵焼きでした。小学校5年生のときでしたね。もともと我が家の卵焼きは、砂糖がたくさん入っていて甘かったんです。祖母がよく作ってくれましたが、昔の人だから砂糖を使うことがごちそうだと思っていたんでしょうね。でも、僕は甘いものが好きじゃないから、ちっともおいしいと思わなかった」
ところが、5年生のときの「結返し」で、ご近所でごはんをごちそうになっていたときのこと。
「お好み焼きのような卵焼きが出てきたんですよ。甘くなくて、みりん、しょうゆ、にんにくで味つけしてあって、本当においしかったんです。小麦粉が入っていてね。単にカサ増しで入れたっていうんだけど、それがおいしくて。自分の家でもそんな風に作ってほしいと思いましたけど、家族が多かったから僕のためになんかわざわざ作ってくれない。それなら、そうだ!自分で作ればいいんだ!と思って作ったのが、その卵焼きなんです」
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ちょうどその頃、火は薪からガスに変わり、さらに家には冷蔵庫も届きました。
「子どもでもガスを使えば簡単に料理ができるようになりましたしね。食べたいときに冷蔵庫の食材を使うことができたことも、料理をするきっかけになったのだと思います」
友人たちと河原で食べた
ジンギスカンの思い出
食が友だちを増やしてくれました
その後も、食べたいものを好きなときに作っていたという野﨑さん。
思春期になると、家の母屋の隣にある離れにひとりで住むことに。当然そこに友人たちがやってきてたまり場となり、野﨑さんは料理を作る機会がますます増えたそうです。
その頃ちょうど海外から羊肉が輸入されるようになって古殿町でも人気になり、友人たちとよく食べていたとか。
「肉屋ではなく雑貨店のような店で、アイスクリームを入れる冷凍ケースにスライスしたマトンが入っていて売られていました。おいしくて安かったし、食欲旺盛な年頃ですから、友だちが集まるとマトンをたくさん使ってジンギスカンを作るんです。“たれ”も僕の手作りでね。高校生の頃には、いろんな食材や飲み物も用意して河原まで行ってバーベキューもしましたよ」
外の開放的な空間でごはんを食べると話もはずみ、新しい仲間が自然にできるのも楽しかったのだとか。野﨑さんにとって食はコミュニケーションの一環になっていたんですね。
高校卒業の頃に見つけた目標
こうして子どもの頃から料理を作るのが好きだった野﨑さんですが、高校時代はまだ料理人を目ざしてはいなかったそう。
「料理をする以外にも、エレキギターを弾いたり、バイクに乗ったりするのが大好きでした。親父は厳しい人だったので『何バカなことばっかりやっているんだ』とよく怒られましたね。その頃の僕は将来の目標がまだなかったので、親父に反発してわざと勉強しないで遊んでばかりいて、家出をしたこともありました」
そんな野﨑さんですが、高校卒業間近に、栄養の専門学校に進むことを自ら選びます。
「僕は9人兄弟の8番目なんですが、一番上の姉が子どもの頃から腎臓を患っていたんです。とても優しくて大好きな姉でした。栄養のことを勉強すれば、姉の病気を治せるのではないかと、思いたったんです。でも反抗期だったから、親にはそんな理由は言えなかった。それに親は、学校に入ってもすぐにやめちゃうだろうと思っていましたから」
福島でよく食べていた
思い出の味噌料理
栄養の専門学校に通うために、福島を離れることになる野﨑さん。
当時も今も、福島を懐かしく思うとき、心によみがえるのは、味噌を使ったこの料理だそうです。
「えごま入りの冷や汁うどんは、昔からよく食べていました。郷土食に近いものだと思います。福島はえごまの産地なんです。会津ではえごまのことを『十念(じゅうねん)』と呼んでいて、食べると『十年長生きする』なんて言われているほど、体にいいものでしてね。使い方はごまに似ていますが、ごまよりもさっぱりと味わえるんです」
えごまを軽くいってからすり鉢に入れ、味噌をたっぷり加えてすりこ木ですります。
「えごまも味噌も、それ自体にうま味があるから、水を加えるだけでいい。だしがいらないんです。味つけも味噌だけで十分。味噌ってね、塩味を加えるだけでなく、料理を味わい深くしてくれるものなんです」
仕上げに、きゅうりもみ、青じそ、みょうがを加えて冷や汁を作り、冷たいうどんにかけて食べます。
「夏の暑さを吹き飛ばしてくれるおいしさですよ」
この冷や汁に、焼いた干物や豆腐をほぐして加え、具だくさんの汁にすることもあるとか。冷やごはんやあたたかいごはんにかけるのもおすすめだそう。
昔好きだった料理を食べると、思い出も一緒に引き出される。そして、いっそう味わいが深くなる。
福島で食べた味噌の味が、料理人、野﨑洋光さんの原点といえるでしょう。
その後、栄養の専門学校に通うために上京する野﨑さんですが、実はもう1つやりたいことがありました。続きは次回をお楽しみに。
えごまうどん
材料(4人分)
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手打ちうどん……4玉分
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えごま……50g
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きゅうり……2本
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みょうが……2個
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ねぎ……1本
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青じそ……10枚
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味噌(おすすめは「信州蔵みそ」)……70g
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塩……適量
作り方
①鍋にえごまを入れて弱火にかけ、なべを揺すりながら焦がさないように香ばしくなるまでいる。すり鉢に入れ、すりこ木でする。
②ボウルに1.5%の塩水(およそ水200mlに対して塩ふたつまみ)を作り、きゅうりは薄い小口切りにして入れる。しんなりしたら水気をしぼる。
③みょうがは薄い小口切りにし、ねぎと青じそはみじん切りにする。合わせて水に放してアクを抜き、水気をきる。
④1に味噌を加えてまぜ合わせる。水2.5カップを少しずつ加え、ときまぜる。2、3を加えてまぜ合わせる。
⑤うどんはたっぷりの湯でゆで、ざるに上げて湯をきる。流水でよく洗い、冷水でしめて水気をきり、器に盛って4を添える。4を少しずつかけてうどんにからませながら食べる。
「えごまうどん」に
おすすめの蔵乃屋の味噌
信州蔵みそ
「えごまうどん」のおいしさの決め手は、味噌です。
さわやかな発酵香で、クセのない淡色系の信州蔵みそ。風味のよい漉し味噌で、ぜひこの料理を作ってみてください。